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03-27, 2005

音楽を身近に置く4?グレードアップとチューニング

一週間くらい前に居間のアンプが故障してしまったので、これを機に入れ替えました。
前はサンスイだったのですが今回はグレードアップしてLuxman L-570になりました。
とはいっても10年選手のこのアンプ、当時は名機と言われたのですがどう音が変わるのか、今でも通用する音なのか楽しみでもあります。
それからコーリアンのインシュレータなるものでチューニングを施してみます。
それでいつも聴いている音楽の聞こえ方がどう変わるのか、今回はこれらの作業のインプレッションをお送りします。

(一日目)
まず家に届いて驚いたのがアンプの重量。単体で30kgくらいで下手に持ち上げようとすると運動不足の腰がやられそうです。慎重に力を入れて箱から出すだけで軽く汗をかいてしまいました。
これを今までアンプを設置していたラックの3段目から、最上段に設置することにしました。これはL-570が純A級動作のため発熱がすごいので、上面を解放してやるためです。
最上段は地上から約1.8m、30kgの機体を苦労しながらもなんとか設置。

この状態で配線をしてやっと試聴開始。ファーストインプレッションは明るい軽快な音です。電気物の楽器よりも生楽器が気持ちよく鳴ります。特に気持ちがいいのがガットギターと弦、それにパーカッションです。
あと中高域に多少エラぶったようなクセがあって、これには?でした。なんでこんなに偉そうに聴かせる必要があるのか疑問でしたが、しかしこれはのちほど今回同時に導入したインシュレータを噛ませることで激変しました。どうやら設置していた金属製のラックの共振の音だったようです。

なにはともあれこの状態でもかなり満足。CDをとっかえひっかえして、聴いているうちにいつの間にか居眠りしていました。オーディオ装置としては合格、気持ちよいのが一番です。こうして一日目は終わりました。

(二日目)
同時に発注していたインシュレーターが届いたのでこれを設置してみることにしました。
人工大理石コーリアンにスパイクのついたAと受ける穴の開いたB、これでワンセットでこれを機器の各脚部に合計4つ設置します。
見た目は直径4センチほどの石の円柱。知らない人が見たらな?んだこれ?って感じですが要は単なる"足"です。ふれこみではこれが素材、構造で不要振動を吸収し、機器本来の鳴りを引き出そうとするということ、今回購入したのは家具屋さんが作っているということでかなりお買い得でした。

しかしこういうグッズってオーディオ雑誌とか見ると一脚4万!とか平気であるんですよ、4脚で12万!この時点で大多数の普通の音楽ファンくらいの人は引いてしまうでしょう?おいおいそれでiPod何台も買えるしCDも50枚くらい買えちゃう、そんな感覚ですよね。
自分もそうですから今回はヤフオクで展開している、良心的な価格のお店を選びました。
素材や構造は必要十分を満たしているので効果に期待です。

まずはアンプに4脚設置します。とはいってもこのアンプの重量が邪魔をして一筋縄ではいかなかったんですけどどうにか設置。
この段階で試聴。

おー早速変わりました。まず先にも書いた偉ぶったようなクセ、これが消えました。不要振動を吸収したことで素直で澄んだ音になっています。音の重心も一段下がった感じ。みぞおち辺りから腰くらいまでは下がったでしょうか。クセというかラックの共振音を消せたことが大きな収穫です。

次にスピーカーに設置してみます。前一点、後ろ二点の三点支持で。バランスを取るのが大変ですが、一度決まるとしっかりと落ち着きました。見た目今までより3cmほど浮いた感じになります。

でこの時点でも試聴。全域で各楽器の原音と残響が綺麗に別れて聞こえてきました。ということは今までは歪んでつぶれていたということか?各楽器の原音がクリアになったことでマスキングされていた倍音、残響音が聞こえるようになりました。ひとつひとつの音が無理なく前に出てきます。

最後にCDプレーヤー、D-500X'sにも設置。これも重さ20kg程ですので苦労しましたがなんとか設置。

で試聴してみると、今度はぱっと聴き低音楽器に変化が顕著に見られました。今まで団子になっていた、というか違いの分からなかった低音の種類がはっきりと聞き分けられるようになりました。バスドラムとベース、スルド、シンセベース等がはっきりと、音色、スピードの違いも含めて分離されました。低音によるマスキングが無くなったせいで一段と中高音の倍音や残響も聞こえるようになっています。全域でいやなクセが消えて、音の重心も膝下くらいまで聞き分けられるようになっています。

いやインシュレーターの設置で、一日でシステムの音が激変してしまいました。
シーンと澄んだ空気の中で鳴る楽器の一つ一つは神々しくもあります。
どこかでこの音聞いたことある、と思っていたのですが思い出すとなんのことはない、いつものスタジオでの録音に立ち会っている時にこういう音で聴くことが出来たなあと思い出しました。

今回のシステムのグレードアップとチューニング、自分的には大満足でした。
CDからはまだまだ情報が取り出せるということがわかりました。それに大好きな作品の、その知らなかった録音現場に立ち会えるような気分が味わえるのは音楽家としてもリスナーとしてもこの上ない喜びです。


さて今回のチューニングレポどうでしたでしょうか?
自分の音楽を聴いて下さる方には全員にお勧めしたいチューニングでもあります。
単なるマニアの自己満足じゃないの?などと思わずに、今自分の聴いているシステムに何らかの対策をしてあげると、自分の好きなCDの本当の音が聞こえだします。
そうすると今まで以上にその音楽が好きになることはうけあいですよ。

今回のレポはなるべく平易な表現で専門用語を避けたつもりですが、それでも解らないところやもっと聞きたい事があったらコメント欄で質問してくれればなるべくわかりやすくご説明します。興味を持たれた方は是非。

いや?でもまたしばらくはCD棚をあさり直して、いっぱい音楽を聴いちゃいそうだなあ。
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11-29, 2004

音楽を身近に置く3?今回はうんちく

前回は大作すぎてしばらくの間燃え尽きてしまったので、次を書くのが遅くなってしまいました。今回は短めにしときます。
さて今回は再生される音と次世代の音についてのうんちくです。ヒマな方は読んでいってください。

みなさんが自宅や携帯機器で音楽を楽しむ時に、そこには必ずCDやMDやMP3ファイルやらの音源がありますね。これらはソースと呼ばれるもので、それを再生するためのしかるべき機器を通して再生すると、人間の耳(脳)で認知されるかたちで音楽が再生されるわけです。
みなさんはソースによって音が違うと、気付いていらっしゃるでしょうか。たとえばCDとMP3では再生される音は違いますね。また同じソースを使っても再生機器の個体によって音が違うことも気付いていらっしゃるとも思います。友達の家のCDプレーヤーで聞いた時と自分の家のでは音が違って聞こえたことはありませんか?
ではなぜソース、再生機器によって音が違うのでしょうか?

あたりまえじゃん、と言われてしまうかも知れません。でもこれが実際に音楽を録音してみなさんに聴いてもらう立場の自分からすると大問題なのです。
せっかく作った音楽が違ったかたちで聴かれてしまう、せっかく入れた音がある機器では聞こえなかった、そんな状況が当たり前に起こっているのが今の現状です。

ちょっと難しい話ですが、これは今のメディアのデータのフォーマットに問題があると自分は考えています。CDに限って説明すると、現在は20数年前に決められたPCMという方式でメディアに記録されているのですが、これが再生機器に依存する割合が非常に大きいのです。平たく言うと、これ買ってきてと言うだけでメモを渡す方式のようなものなのです。相手は子供か大人かなどは考慮せずに、相手の判断力だけにどこの国のどの店で、幾らくらいで買ってきたらいいのかなどを委ねているようなものです。どんな方式でデータを読み込むのかルールブックには全く記載されていないのでそれらは全て再生機器の能力に依存しているということです。再生機器は設計の段階であらかじめデータからどのくらいの情報を取り出せるか、取り出した情報を音楽情報に変換できるか、変換した音楽情報をどの程度のクオリティで出力できるかという三つの変換の段階で出音がすでに決まってしまっています。ちなみに能力外のデータやエラーは音の歪みとして現れます。人間が音が悪い、と感じるのは歪みによるところが大きいのです。

この方式はCDだけではなく実はMDやMP3でも同じ方式が採用されています。今あるほとんどの音響機器も同じ方式です。これでは例え同じソースからでも、そこから再生する音が違うのは当たり前ですね。極端な話、クオリティの高い出力をするには三つの変換の部分にコストを掛けて歪みを無くせば良いだけの話なのですが。そのコストというのが部品一つあたり数十円から数百万円までと非常に幅広いです。そのコストは全部使用する人に返ってきますので、現実問題として糸目をつけずにコストを掛けることは無理ですね。実際にはそういう機器も販売されていて、その目が飛び出るほど高い機器で音楽を聴く人も世の中にはいますが、その再生機器は再生する部屋を含めるとそれこそ都心の一等地が買えてしまうほどのコストだったりもします。自分も含め一般人には無理ですねえ。
まあ、現在のPCMという方式がそれほど再生機器に依存しているというお話しです。

じゃあその問題のあるPCMとずうっと付き合っていかなければならないかというとそうでもなく、ここ数年、やっと新しいフォーマットが出現しました。SACDに採用されている、DSD(Direct Stream Digital)という方式です。データの記録方式が変わったため、これまで再生するために三つの段階を経ていたうちの最初の2つが簡略化されています。データを取り出すのが容易になっているため、最初の2段階で歪みが生じる割合が非常に低いのです。

Polarisの去年のアルバム、Familyで、録音段階の一部にこの方式を採用してみる実験をしました。最終的に提供するメディアはコストと普及率のためCD(PCM)になってしまいましたが、もしSACDで提供していたなら、みなさんの手元で聞こえる音はかなり制作現場と近い音になっていたでしょう。現時点では残念でしたが、いずれその形で提供できる日も来るかも知れません。

これも今後音楽を購入するみなさんの意識によって変わってくるかと思います。
こちら側でもどこかでその違いを試聴できるような場を用意できたらいいかもしれませんね。SACDの音はきっとどんな方でも、一聴してその素晴らしさをすぐにわかってもらえるような素晴らしい音ですよ。
家庭用のDSD方式のプレーヤーやアンプも一部販売開始されています。現状数は少ないですが、今までの機器に比べコストは安いようです。聞いた話によると今までオーディオマニアが何百万というコストを掛けた再生機器がSH社のわずか10数万の機器の再生音にかなわなかった、という話も聞いたことがあります。10数万、ある人には高すぎ、ある人には安いですね。このブログを見ている人のパソコンは10数万くらいはするのがほとんどのはず。少なくともその人達には手の届かない値段ではないということでしょうか。
じぶんは音楽鑑賞が趣味といえますから、今はまだ時期早尚でもいずれは掛けても悪くないコストだと思っています。

こと世の中では(特に日本では)音楽に関することは他の分野のように需要が高くないと判断されているのか、技術やサービスの革新のスピードは遅いようです。これはみなさんの要求と比例していますのでどうかいい音楽をいい音で聴きたいという欲求を持っていただけたらと思います。
そして諸々がいい方向に行くように、みなさんと共に今後に期待ですね。

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10-27, 2004

音楽を身近に置く2?旨いものと音楽 後編

音楽を身近に置く2、いよいよ後編です。
前編はここ
中編はここです。

こうみてみると現代は音楽の聴かれ方にも様々なパターンがあることに気付き、自分も可能な限り生活の中での音楽の聴かれ方を試してみてはいるが、それらも所詮そのどこかに含まれていることがわかる。

余談だが以前はシステムの規模の違いはあるにしろ、オーディオ趣味というものが一般的であって、現在のパソコン人口にも匹敵する数が存在していたように思う。そういった人々は現在でいうとどちらかというと音楽ファンではなく「オーディオマニア」に含まれるのであろう。
当時持ち運び可能な音楽機器は非常に限られていて、音楽を身近に置くにはそういった据え置きの機器を使用する必要があった。かつて自分の実家にもそういったシステムがデンと鎮座していて、しかもその割にはソフトはほんの数十枚しか置かれていなかった気がする。それが音楽ファンではなくどちらかというとオーディオマニアに分類される由縁なのだけれど。それでも日曜の朝なんかはわりと大音量でレコードやFM放送が鳴っていたのを思い出す。

現在こういったシステムに対する聞き手側の投資はほとんど皆無。今どきただでさえ狭い家にタタミ一畳は喰おうかというスペースを音楽用に割こうという人は少ないのだろう。現在の都会の住宅事情ではスピーカーで音量を出せなくなったし、予算的にも数十万からの予算を音楽を聞くためだけの機器に使おうとする人はほとんど見かけなくなって、それに伴っていわゆるステレオシステムは一部電気街などに行かなければ手に入らなくなってしまった。一般的にはこの層はほとんど状況1か2、3のパターンに吸収されてしまったのだろう。同じ予算を何十万も使うなら、プラズマテレビやDVDシアター、もしくは最新ノートパソコン、といった考えをもつ人達だ。
これらの人達に対するマーケットとしての見方も、一部ハード部門をもつメーカー以外の音楽業界ではほとんど無視に近いのではないか。まあ数字でみれば全体のコンマ以下の割合だろうから。

ところが、作り手からみるとこのシステムでの聞かれ方は、我々が音楽を手放したときに聴こえていた形に最も近いのだ。だから自分としてはぜひまたそういう風潮が復活してくれないかなとも思っている。

良くも悪くも、今の日本の音楽に対するコストのかけ方はハードメインからソフトへと移行したのだなと思う。ソフトがないがしろにされていた頃よりも作り手にしてはずっといい状況だとは思う。がしかし同時に、PA機材は別として、個人で持てるハードはずいぶん種類が増えたにしろ、ソフトから取り出せる音のクオリティや情報量は以前よりずいぶん下がっていると思う。
クオリティよりもコストが優先され、以前のシステムより音質の悪いMDウオークマンなどに付属のヘッドホンや家庭での安価ミニコン、パソコン用パワードアンプによって聞かれている音質、これらがいかに作り手が作っている環境で再生されている音に比べて劣化しているか、さらにそれによって作り手の意志を確実に何割か損して聞いている事態に、音楽ファンといわれる人たちでもあまり気付いていない事実は、自分としては本当に残念に思う。

音楽の質自体はいまも実質そんなに低下しているわけではないと自分は断言したい。それは少なくとも自分の関わっている現場ではそうだ。がそれを再生する機器はコストを下げ、能力をある程度で妥協してしまっている。こんどはその妥協が悪循環を呼び、制作現場でもクオリティの基準を大幅に下げてしまっている。スタジオにはせっかく高品位なモニタースピーカーがあるのに、参考にされるのはラジカセの音だったりするのだ。
また近年多くの音楽の録音現場ではそのコストを下げるために数々の策が採られているが、自分の感想ではその策のせいで更に悪循環、結果生活の中での音楽の捉えられ方自体が低下しているのではないかと思う。人々の生活の中での音楽の地位が低下しているのはその廉価化されたソフトとそれを取り出す機器のクオリティに問題があり、以前は宝物のように大事に作られたソフトが、クオリティを低く抑えられ現状は売る側のカタログを埋めるためのたんなるひとアイテムとなってしまっているのではないか。せっかく魅力を放つ可能性をもつ音楽が納められているかも知れないのに、非常に残念だと思わずにはいられない。

もともとは非常に鮮度ある状態で、我々の手元を放たれていた音楽、それが今ほとんど死にかけたような状態でリスナーの手元で聞かれている状況が、自分にはいちばん辛い。

この状況は、例えるなら都会の食べ物の状況とも近い気がする。
もともと食べ物は、旬の季節にその採れる場所に足を運べば手をかけなくても旨いものが食えたはず。
便利さを追求して、都会にいながらにそれらを食べようとすればおのずと鮮度は落ち、もとの味とは似ても似つかなくなる。加工しなければ食べられなくなる。
その違いを、食べる方が便利さと引き替えにしたデメリットを憶えていたうちはいいのだけれど、時が経つにつれもとの味さえ忘れてしまって割り切っていたデメリットも忘れ、食べ物とはこんなものだと食べる人もあきらめている。生産者もその要求に合わせて旨さは二の次にしているとしたら、ずいぶん不幸な悪循環だと思う。だからこそコストを手間をかけ旨いものを食べに足を運ぶ人々も存在するのだろう。

そして音楽に再び目を戻すと、それと似たような状況が繰り広げられているような気がしてならない。

ならば自分が今いちばんお薦めできるのはその旬、その場所に行って食してくださいということ。つまりライブに足を運んでもらうということ。手間だし時間も掛かり毎日は無理だけど、かならずや新鮮さではがっかりさせない自信がある。そして聞き手はその新鮮さ、旨さを感じる感性を磨いていただきたい。それがより高い要求を生んで、いずれ妥協の悪循環を止めることが出来るかも知れない。

なんとこのコラム「音楽を身近に置く」という記事の趣旨とは反しているかも知れないことになってしまった。

音楽をよりよく聴くには新鮮さに勝るモノはないのだろうか。
新鮮さを知ることによってのみ、身近に置く音楽がより旨いかどうかを感じることが出来るのだろうか。
音楽を身近に置く、より良いこの行為のためには、聴くという行為の深層に、より深い信念や経験が必要な気がしてしまった。

今回の「音楽を身近に置く」、ずいぶん長くなってしまったしテーマから矛盾する話にもなっていってしまった。
次からはどうしようかと頭を悩ませているが、ちょっと希望の持てる未来の話などをしてみたいと思っている。それでは。

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10-26, 2004

音楽を身近に置く2?旨いものと音楽 中編

音楽を身近に置前回の続き、中編です。

状況3:午後1時頃外出。

とりあえず移動用システムとしてiPodをリュックにつっこみ、徒歩にて駅へと移動。ヘッドホンはiPod付属のも悪くはないのだが、愛用しているのは米ethymotic reserch社のER4S。(日本代理店アエディオなど)遮音プラグと発音体が一体になった作りで周囲の音を遮断しながら耳に優しい音量で。周囲への音害にも一役買ってくれる。
ソースは相変わらず圧縮されたAAC化された音、自分は遮音して工夫しているにしろやっぱり圧縮されているので薄味。しかも外部からの音や視覚が絶えず飛び込んでくる状況。使われ方としてはBGM。
作り手の感想としてはまあ上記の例と一緒で、音楽の伝わり方は個人差はあるにしろ最大5割くらいか。移動中は視覚は相変わらず別の情報を取り入れているので、音楽に対する意識は4割にも満たないのでは。所詮使われ方はBGMなのだから仕方ないか。なにより外を歩くのに完全に音楽に没頭すると危険だし車や電車にも轢かれかねない。

最近ではこの需要に対する音響機器の対応が一番多いのかも。それこそ多種多様な機器が発売され、音楽を販売する側も今後もこれ対する期待は大きいよう。ただし著作権保護という名目であらかじめその代金を徴収しようとするなど、足枷をハメはじめているのが一消費者として気になる。今後、需要の増加がいちばん期待される形態だけに、販売者の権利の主張が何とか緩和される方向にいかないかと、自分は思っている。

状況4:午後7時、友人のライブを見に行く。

場所は渋谷公園通りを上がったところの1000人キャパのライブハウス。東京では中規模といったところ。
ここでのシステムの金額は大台を超えて数千万から億単位。個人ではとても無理なレベル。ライブなのでソースはほとんど生、そこから電気変換でメイン卓のエンジニアにリアルタイムの処理をされて、そこから大パワーのマルチアンプを通して下は46cmという口径の数十本からなるマルチwayのスピーカで再生されるというシステム。
このケースで初めて音楽の用途がBGMからその時間の使われ方のメインへとなる。
立って聴く、人混みで聴くという肉体的ハンデはあるものの、生演奏ということで視覚や振動などからも情報を得られ、精神的肉体的にはかなり前向きに音楽を取り込もうとする状態。
音楽以外の要素も混じるが(空調、電気的ノイズ、それに他の聴衆の声、周囲の状況なども含めて)、人間の耳や感覚というのは良くできているもので聴こうとするもの以外をうまくフィルタリングしてくれる。
ここで音楽を聴く人たちはほとんどは音楽ファンの層になり、しかもそのアーティストへの支持をするかなりコアな層。作り手としてもまずこの層を満足させられるということを前提としていることもあり、聴かれる姿勢としては非常に良好だと思う。

ただ今の日本の状況で残念なのはそこに属していない層の人が入り込む確率が限りなく低いということ。これまでに挙げた自宅や移動用システムで音楽を限定して聴いていた人たちに、それとの違いをもっとも感じてもらえるシステム、状況であるので、作り手としてはもっと一般の人たちにも足を運んでもらいたいと思う場でもある。
だが近年の音楽不況といわれる状態ではもっとも予算の削られている場所でもある。販売者側作り手側にもぜひ再考を期待したいところでもある。現時点で、音楽の魅力を最大限伝えられる場であるだけに現状は残念だといえる。

そこで行われるコンサートの状況にもよるが、ここではかなりの割合、おそらく8割くらいは作り手側の意志は伝わっているのではと思う。

状況5:午後10時頃帰宅。

ちょっと軽く酒などを引っかけつつも、うちの第1システムのある部屋で音楽を聴く。システムは英国B&W製のスピーカーを国産Luxman製アンプでドライブ。アナログプレーヤーは国産Micro、CDプレイヤーは二昔も前のYamahaCDX2200。もうピックアップも寿命に近く電源投入直後はCDの読みも悪いのだが、暖まった時の透明感は今だ好みの音で愛用。そろそろメンテに出さなければ。
こちらは仕事にも使うので電源も壁コン直ではなく、Shinano製ACディストリビュータから整流した電源を取り出している。ケーブルなども可能な範囲で高品位なものを使用して歪みを最低限は抑えていているので、うちの中ではスタジオに最も近いクオリティのシステムか。自宅でリラックスして聴けるということで環境としてはスタジオよりも良いかも知れない。

ソースはここで初めてコンパクトディスク直接、もしくはアナログディスクとなる。
このようなシステムで聴くのは現在では一般的とはいえず、音楽ファンというよりはもはやオーディオマニアの範囲に含まれるであろう。音楽ファンの範囲からは少しはみ出してしまっているので、販売側の一般的なアナウンスにはおそらくほとんど反応しないであろう層でもあるので、伝わる音楽の情報はまた別の意味で少し作り手側の意志とは離れていると思う。また同時にマスメディア向けに発信されたごく限られた音楽の中から入手する層、状況1の層とは決して交わらない層でもあるだろう。
自分はそこまではいってないので実際その方達がどういう観点からソースを選んでいるのかは疑問であるが、おそらく音楽の内容というよりは音響的意味合いで選択していると思われる。

この状況も音楽の置かれ方のもうひとつの側面だと思うので(嗜好性という意味で)、単にマニアックという言葉だけでは片づけられないと思う。
実際われわれ作り手側の中でも全てではないにしろ、マニア化した人も含まれていて、そういう観点を含めて音楽を作っている人もいる。そういう作り手とオーディオマニアとは確実にリンクするだろう。
この層は全体に対する割合としては低いだろうが、下位互換というかもっとライトな層、上記状況1、2、3に含まれる層にも概要、雰囲気は伝わるから、作り手が音楽にそういう要素を盛り込むのは、無駄な努力ではないと思う。
なおかつそこに音響的な意味合いと音楽的な意味合い、両方盛り込むことも可能である。
実際自分が音楽を作る際にはプロジェクトにもよるがある程度はその層の使用も見越して制作している。そのクオリティを目指すのでなければ数百万からの制作費と優秀なのスタッフの莫大な人件費など掛かるものではない。現在ならば安易に作るのであれば一般の楽器店で手に入る十数万程度の機材で完結できてしまうのだから。
作り手としてはここに対応することが、実はいちばん予算と手間と努力の必要なところであったりする。

とここまで自分の生活パターンを例にして音楽の鳴る状況とそれを聞く聞き手側の人々の例、それが作り手側からはどう見えるか、現状音楽産業での扱いはどうかということを5例挙げてみた。他にも移動手段の別のパターン、自動車内での聞かれ方やラジオでの聴かれ方、都会ではわりと多いであろう自宅でのヘッドホン、といったパターンもあるとは思うがここでは割愛したいと思う。

また字数の関係で中編はここまで。後編は次回に。

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10-25, 2004

音楽を身近に置く2?旨いものと音楽 前編

音楽を身近に置く、第2回目は色々な人々の音楽の聴き方を自分の生活パターンに当てはめてみようと思う。
まあ自分は自由になる時間が多いほうだと思うので平日もこうだったりするのだけれど、この記事を読んでくださる方々は普段は一般の仕事をされたり学業にいそしむ、音楽を聴くことを趣味とされている方々だと思うので、みなさんの休日の時間というふうに当てはめて見てもらえると良いのではないかと思うので、これから紹介するパターンはそうやって自分の時間に置き換えてみて読んでもらえるとうれしい。
そのパターンひとつづつを、その音楽が聴かれている状況は今の音楽産業からはどう捉えられているのか、また作り手からみる、その状況で音楽はどう捉えられているかを自分なりに考察してみた。そこから音楽が身近に置かれるということがどういう事なのかを導き出せるのかも知れないから。

作り手である自分としてはなるべく制作意図を汲み取れる状況で聴いて欲しい、と願ってはいるのだがはたしてみなさんの身近では音楽はどう聴いてもらえているのだろうか。
それでは考察をはじめてみたいと思う。

状況1:朝8時起床。

まだ自発的に音楽は聴こうとはしていない。その時点でかなり聴力の性能としては劣っているだろう状況。とりあえずONにするのは居間のセットではなくテレビ。自発的ではないにせよ、そこからは様々な音楽がBGMとしてニュースキャスターやレポーター、それにCMナレーションの背後から流れてくる。
その音楽を聴くシステムはTV局からVHF波化された信号を共同アンテナでキャッチ、分配してテレビ受信機で受信、直径約8cmの楕円型ステレオスピーカで再生、といった具合だろうか。
かろうじて定位は確保されるものの、全周波数が聞こえるとは言い難く、200Hz以下の音域再生に至っては絶望的。しかも送信される時点であらかじめ電波の劣化、再生時の中域確保を予想してかなりエフェクトされて送信されているため原音再生とはかけ離れているといえる。

これが今言われる音楽受動層、ヒットチャートに大きく関わってくる、世の中の大多数の音楽聴取システムであろう。
まあ、まだ耳や頭が「閉店」状態にしろ、これでもたまにおっとか引っかかったりする音があるのは、上記の絶望的状態なのにも関わらず、息絶えそうに閉じこめられた音楽の最後の生命力か。
作り手としては伝えたいことのニュアンスを伝えるのはかなり絶望的状況。かなりおおざっぱな情報しか伝えられないだろうと思う。それでもこの層が今の音楽産業を支えていたりもするので、いちばん情報に投資されているところでもある。

状況2:朝10時半頃。

だらだらしながらもやっと居間のセットの電源を入れる。コーヒなどのおかげでやっと耳も開店、やっと自発的に音楽を聴こうという気になる。
このシステムはうちの第2システムで、10年ほど前のSansuiアンプに、定価30万円代後半のLuxmanのCDプレイヤー、スピーカは高さ25cm程のバックロードバスレフの2Way小型ブックシェルフ、それに外部入力というシステム。これらは新品当時ならオーディオ専門誌で中級オーディオとされる機種であるが(その世界ではとりあえず100万超でないと高級の部類に入らないらしい。謎)、いずれも中古で手に入れているため入手価格は高く見積もっても10万円以下。しかも今はそのシステムの目玉のCDプレイヤーは使われず、再生するのは貧弱なプラグで外部入力されたパソコンからのiTuneの音。
ここでもネットを見たりメールのチェックをして返信しながら聴かれるので音楽の用途はあくまでBGM。
ソースはどうかというと、音楽はパソコンに入力される時点でAAC圧縮され、とりあえずコンパクトディスクからの再生と較べても薄味。MP3の頃のひどいモジュレーションは無くなったものの作り手の意志とはかなりかけ離れている。が、メールなどに没頭しているためそれもさして気にならない。再生周波数もとりあえず80Hzより上はフラットに出ているだろうが、再生音量自体が小さいため耳に届くバランスは高域寄りである。

とシステム自体は自分の趣味で若干グレードアップしてはいるが、ラジカセに繋いだり、パワードスピーカを直接パソコンに繋いでいたりと、自宅でパソコンで音楽を再生する環境としてはほぼ似たようなものだろう。
これが音楽業界では音楽ファンと呼ばれる層、とりあえずは音楽を自発的に聴こうとする人たちの自宅での標準的なシステムか。音楽の再生機器には大して情熱を注がず、同じお金をかけるならCDもう1枚欲しい、って感じの人たち。作り手からすると再生機器にもうちょっと気を配って欲しい、ソースの力をちょっと過信しすぎ、もしくは大して期待してないのかな、と思うケース。まあこの層の人たちには表現したことの5割は伝わってくれるかなと思う。でもニュアンスは誤解されてるかも。
この層の人たちはとりあえず自発的に自分の好みを探したりしてくれるので、情報はWEBやフリーペーパーなどで伝達されることになる。この時点で使われる予算は上記のマスメディアに比べて10分の1以下かもしれない。

ここで字数オーバーになってしまったので次回に続きます。

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10-14, 2004

音楽を身近に置く1?ケータイに入れてみる

今回は真面目に、近い将来の音楽提供のかたちを自分なりに考えてみたいと思う。音楽を作っている方の人間としては、聞いてくれる側の人により手に入りやすく、使いやすい音楽の提供のかたちは気になるところではある。言ってみたいことやまだ知らないことは沢山あり、この記事のみで終わらないと思うので、何回かに分けて述べてみたいと思う。

近い将来、現状のパッケージ販売(CD店などで買ってくる今の形態)に加えて、ネット配信での楽曲の提供という形態がそれに迫る割合で増えてくると予想されている。今のところ、作っている人からの提案ではなく、聞く人側からでもなく、その間にいるそれを販売する人達からの提案ではあるのはちょっと問題かも知れないが。販売する人たちも聞く人の一部には違いないだろうが、視線がちょっと色目を使っているようにも見える。もっと作る人や聞いてくれる人の視線からの提案があってもいいと思う。自分も作るだけではなく、聞く側の一人でもあるのでいったん視線をそちらに移してみたいと思う。

便利さ、という視線で見ればネット配信は便利かも知れない。では最近はどんなサービスがあるのかとWEBで情報を集めてみると、いつも持ち歩く携帯電話、それのみでの使用に限った配信、という形が発表されていたのが目にとまった。

昨日発表のAUの新機種にアナウンスされている新機能としてEZ着うたフルというのがあり、MP3やMDの圧縮された音の悪さに愕然とし、まだ普及していないSACDの音の良さに感動し、普及を期待したりもしている人間だ。
次回はそんなところの話について書いてみたいと思っている。

今回はあまりうまくまとまらなかったので読みづらかったかと思います、すみません。またあまり多くは語れなかったけれど、次回の記事に期待してくれる皆さんはこの記事を読んでおいて欲しいと思います。のちのちそこにも触れたいと思っているので。

それでは今回はこのへんで。

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